拍手してくれた貴方のためのお礼その35(09/08/14) 「今まで書いた事の無いポケモンTFを書いてみるテスト2」 第13セクタは3日前閉塞した。 第12セクタは昨日閉塞した。 そして、第11セクタは明日閉塞する。 少しずつ、少しずつ、僕らの世界は狭められていく。 偽りの空を見上げながら、僕はため息をついて汗を拭った。 遠くの街から聞こえる政府の定例放送は、今後のセクタ閉塞スケジュールを伝えている。 だけど、耳を傾ける余裕は、僕にはない。 ただ第11セクタを抜けて明日までに次の第10セクタに向かう。 そのことだけに必死だった。 だから本当は、ここで足を止めて悠長に休憩などしている場合じゃない。 足が動く限り一歩でも、一歩でさえも進まなければならない時だ。 けど。 「足の状態、どう?」 僕は後ろを振り返りながら問いかける。 彼女は少し離れたところの木にもたれかかりながら、足を押さえている。 僕の問いかけにはこたえることもなく。 「黙ってちゃ、わからないよ?」 僕は彼女の方に歩み寄りながら問いかける。 すると。 「…てって…」 「え?」 とても小さくて、とても弱い声。 彼女の透き通る様な細い声はいつも以上に力がなくて、聞き取れなかった。 僕はさらに彼女に近づき耳を傾けた。 「…置いてって。私を、ここに」 彼女が何を言っているのか頭で理解した瞬間、僕は鼻からゆっくりと息を吸い込んだ。 噴出した汗が全身からさぁっと乾いていくかのような寒さを感じた。 僕は湧き上がりそうな何かを必死に胸の内側へと押しやり、可能な限り感情を押し殺して言葉を吐いた。 「急にどうしたの。そんなこと言い出すなんて」 「私、足引っ張ってるから。…私を置いていけば、あなた一人なら、次のセクタまでも余裕でしょ?」 「君を置いて、僕一人で次のセクタにたどりついて、それで僕が満足するなら初めからそうしてるよ」 「そうじゃないから、私と一緒にいるってこと?」 「誰かと一緒にいるってことが、どういうことかって話」 「…あなたが一方的に感情を押しつけているだけじゃない」 知らずのうちに下唇を噛んでいたけど、痛みさえ感じなかった。 彼女の言葉が、僕の体のど真ん中を握りつぶそうとしているみたいだった。 彼女は僕の表情を伺おうとしたのか、それまでずっとうつむいていた顔を少しだけ上げた。 彼女の眼に映る偽りの空は、清々しいほど青く澄んで、美しかった。 彼女はまたすぐにうつむくと、膝を抱え込んでつぶやいた。 「一方的な、押しつけだから」 さっきの自身の言葉を反芻するかのようだった。 だけどその言葉は確かに僕の耳と心に突き刺さる。 彼女という存在を、否定された感じだった。 僕が勝手に作り上げていた彼女を、彼女本人の手で壊された感じだった。 「…ごめん」 謝罪の言葉を吐き捨てたのは僕のほうだった。 彼女に何と言い返せばいいのか分からず、ようやく絞り出して出てきた言葉がこれだった。 これしか、もう言えなかった。 他の言葉を吐き出してしまうと、止まらなくなりそうで。 今はただ、この短い言葉だけで精いっぱいだった。 だけど。 「だけど、ひとつだけ言わせて」 「何?」 「どうして君は今日まで、僕と一緒にここまで来たの?」 彼女はうつむいたまま少し唸った後、短く答えた。 「…わからない」 「…そう」 再び仰ぎ見た空は変わらず青い。動かない雲を抱きながら、ただ青い。 少しずつ、少しずつ、狭められていく僕らの世界。 その狭められていく世界にとどまり続けることだけが、答えだと信じていた。 止まらない手の震えを押さえるためにぐっと握りしめる。 僕の心からこれ以上何かがこぼれ落ちないように。 「あなたなら、あなた一人なら直ぐにでも次のセクタにたどりつけるでしょ?」 「そう、だね」 「だから、あなた一人で行って。私のことは、もう、構わなくていい」 遠くの街から聞こえる政府の定例放送が、ひどくうるさく感じた。 何と言っているのか聞き取れないほど遠く離れているのに。 僕はまたゆっくりと深呼吸をして、彼女に背を向けた。 そして、目をつぶりながら、手探りで言葉を導き出す。 「じゃあ、ちょっと行ってくる」 「…行ってらっしゃい」 彼女のその言葉を聞いて、僕は心を決めた。 重い足をゆっくりと上げて、一歩一歩彼女から離れる。 はるか遠くに見える第10セクタへのポートを目指して。 彼女の言葉と表情を胸に、歩き始めた。 これでよかったんだ。 私が彼の足を引っ張り続けるよりも、彼一人でいるほうがよかったんだ。 これで、よかったんだ。 「これで、よかったんだ…」 心の中で、時にはつぶやいて自分に言い聞かせる。 何度も、何度も、何度も。 そうやって、自分のしたことを納得するしかなかった。 彼の足なら、最後のセクタまで逃げ切ることができるはず。 でも、足を怪我した私をかばって旅を続ければ、いずれ無理がたたってしまう。 それなら、私とは一緒にいないほうがいい。 私のせいで、彼を閉塞されるセクタに残すわけにはいかない。 残るのは、私だけでいい。 私一人が残ることに後悔はない。 後悔は、ない。 ただ、不安はある。 閉塞されたセクタに取り残された人間がどうなるのか、誰も知らないからだ。 色々な話を聞くけれども、どれも信憑性が疑わしいものばかり。 だからなおさら不安をあおった。 私はここに残りどうなるのか。 わからない以上、考えても仕方のないこと。 そう理解はしていてもやはり考えてしまう。 そして、頭を彼のことがよぎる。 「…バカみたい」 自分に対してつぶやいた。 そこまで彼のことを思うなら、わがままぐらい言ったってよかったのに。 一緒にいたいって、離れたくないって言えばよかったのに。 なんで、彼のことを一番に考えたんだろう。 …いや、当り前か。 誰かを思うって、そういうことなんだから。 そんな自問自答を繰り返して、もう結構時間が経っている。 暗くなった偽りの空を見上げながら、胸にこみ上げるものを押し殺した。 そして足をかばいながらゆっくりと立ち上がり、深呼吸をする。 人の気配を一切感じさせない、空気感。 このセクタ自体が死んでしまったかのようだ。 いや、セクタの閉塞がセクタの死そのものなのか。 だとすれば、死んだセクタの中に残る私は、何なんだろう。 そんなことをとめどなく考えているその時だった。 急に遠くから機械的な大きな音が響いていることに気がつく。 はっとして音の聞こえるほうを見た。 その音が何の音なのかは知っている。 「…予定では…明日のはずじゃ…!?」 それはセクタをつなぐ通路が閉ざされる時の音。 つまり、セクタを閉塞するときの音だ。 そう言えば、遠くの街から政府の定例放送が流れていた。 或いはそれで閉塞の予定変更は伝えられていたのかもしれない。 私は鼓動が速くなるのを感じながら、はるか遠く、通路の方角を見た。 「…大丈夫…だよね…?」 私の身が、じゃない。 彼の足なら、すでに次のセクタにたどりつけたはずだ。 きっと大丈夫。 私が彼の心配をする必要なんてない。 私はそっとそばの木に寄りかかりながら、静かに時が過ぎるのを待った。 やがて通路が閉ざされる音が止み、あたりは静寂と闇に包まれる。 一体、私以外にどれぐらいがこのセクタに残ったのだろう。 次のセクタにたどりついた人たちは、最後のセクタまでどれだけたどりつけるだろうか。 そして、彼は。 「…大丈夫」 自分で自分の体をギュッと抱きしめながら、私は小さくつぶやいた。 閉塞されたセクタに、死んだセクタに生き残った私にとって、もう彼のことなどどうでもいいはずなのに。 でも、どうしても考えるのは彼のことばかりだった。 ため息を一つついて、何気なく上を見上げた。 その時だった。 額に何か冷たいものを感じた私は、すっと手を上にかざした。 少しすると、手がかすかに濡れていた。 「…雨?」 私は木の下からすっと出て、空を見上げた。 すると額に、頬に、ぽつんぽつんと雫が当たるのを感じた。 やがて夕立のような雨がざぁっと降り始めた。 だけど私は動くこともせず、ただ空を見上げながらぼぅっと立ち尽くしていた。 聞こえてくるのは雨音だけで、それ以外何も聞こえなかった。 まるで世界に私一人しかいないみたいで。 不意に胸にもやもやが込み上げてくる。 虚しさでもあり、寂しさでもあり、そのどちらでもないような。 その感情が何なのか考えることさえ億劫で、ただ立ち尽くしていた。 だけど、何かたまらなくなって私は自分の頬を軽く手で拭おうとした。 その時だった。違和感に気付いたのは。 「…何?」 自分の手が頬に触れようとした瞬間、自分の腕が顔の何かに当たった。 顔の何か、というのが直ぐに理解できなかったのは、それが本来私には存在しないはずのものだったから。 恐る恐る、自分の手でそれに触れてみる。 触れた感触は、確かに存在している。 私の頬から、とげのように鋭いひげが、確かに伸びている。 「何、どうして…!?」 頭が真っ白になりそうだった。 普通のひげならともかく、その髭は2本、横にピンと伸びているのだから。 まるで、動物のひげのように。 何が起きたのか分からない私は、急にくらくらとめまいを感じてその場に伏せてしまう。 頭が、何かに絞められてるかのように痛かった。 今度はその手を額へと運んだが、またしても感じたのは違和感だった。 額からは角のようなものが生えてきていたのだ。 私はあわてて手を離したが、その手が視界に入った瞬間、ぞっとした。 見えたのは、私の手の甲から水色の硬く短い毛が生えてきている様子だった。 それだけじゃない。私の見ている前で、私の手が徐々に姿を変えていく。 「いやっ、こんな…なんで…!?」 目を反らしたかった。でも、反らすことができなかった。 私の指は徐々に短く太くなっていき、代わりに2本の爪が大きく伸びてゆく。 あっという間にそれは、手ではなくなり、動物の前足になっていた。 足も同じように変化し、四肢は徐々に短くなっていく。 いや、全身が小さくなりつつあり、その全身が水色の毛で覆われてきていた。 「何なの、何で…な…ニ…ニドォォッ…!?」 ついには、声まで変化を始めていた。自分の知らない、甲高い獣の鳴き声。 それを発する口にも変化が表れていた。 鼻先がぐっと前へと突き出し、前歯は発達して大きく鋭くなっていた。 目は赤く色づき、耳は顔の横で大きく丸く伸びていた。 「ハァ…ハァ…ニ、ニィ…ニィィッ…!?」 すっかり大きくなってぶかぶかになってしまった服に埋もれながら、私は小さく鳴いた。 鳴くことしかできなかった。 自分に起きた変化が終わった事に気付いても、直ぐには何もできなかった。 変化が大きすぎて、どうしたらいいのか分からなかった。 でも、なんとかなれない4本の足を使って、自分の服から這い出て、4本の足でその場に立ってみる。 ふと気付くと、あたりが怖いほどに静まり返っていた。 雨音が、止んでいたのだ。 そして私は、近くにできていた水たまりを見つけて、恐る恐る覗き込んだ。 そこに映るのが、いつも通りの私だと信じて。 …いや、信じてはいなかった。 自分の手…前足を見れば、いやでもわかる。 自分がもう、人間の姿をしていないことなんて。 でも、それでも、頭のどこかで、期待はしていたんだ。 裏切られるとわかっていたも、期待、してしまっていたんだ。 だから、余計につらかった。 水たまりに映った、兎に似た水色の獣の姿を見たときには。 私が首をかしげると、その獣も首をかしげる。 私が手を上げると、その獣は前足を上げる。 私の眼から、涙がこぼれると、その獣からも涙がこぼれる。 やがて、水たまりには波紋ができて、獣の姿は見えなくなった。 …獣、でもないか。 ここにいるのは一匹のポケモン…メスのニドランがいるだけだから。 ニドランになってしまった、一人の人間がいるだけだから。 「ニィィィ…」 何で私、こんな姿になってるんだろう。 やっぱり、あきらめずに次のセクターを目指すべきだったのかな。 …閉鎖されたセクターに残ると決めた時点で、どんな運命も受け入れる覚悟をしたつもりだったのに。 私の心はこの現実を受け入れるのを拒んでいた。 これからこの姿で、ポケモンとして、一匹で生きていかなければならないのだから。 そう、一匹で。 孤独に。 一匹で。 …頭の中で繰り返すその言葉に焦燥と悲しみを感じて、伸びた前歯で軽く下唇を噛んだ。 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせても、足元の水たまりに波紋は広がり続けた。 こんな姿で、こんなところで、私はどうすればいいんだろう。 私は。 『こんなところで何してるの』 不意に、声が聞こえてきた。 私の声じゃない。 でもそれは確かにニドランの声で。 でも、言葉として理解できる声で。 いやそれ以上に気になったことがあった。 だって、聞こえてきたその声には、確かな聞きおぼえがあったから。 私はあわてて顔を上げると、水たまりの向こう側に一匹のポケモンの姿を見つけた。 紫色の毛並みを持ち、私とよく似た姿の彼はこちらを見て佇んでいた。 『…どうしたの?何かしゃべってくれなきゃ、わからないよ』 彼の声が聞こえるたびに、胸が、頬が、頭が、熱くなるのを感じた。 私は何をしゃべればいいのかわからなくて、戸惑いながら、相手の顔を見ながら、小さくつぶやいた。 『まさか…本当に、あんた、なの…!?』 『その声、やっぱり君なんだね』 そう言って彼は…オスのニドランはほっとした表情を浮かべた。 私の頭の中は混乱していた。 目の前にオスのニドランがいる。 それはわかる。 だけど、その彼の声は、まさしく彼の声で、それはつまり、そういうことで。 目の前にいるニドランが、彼だということで。 『どう…して…まさか、間に合わなかったの!?』 『いや。間に合ったんだけどね…間に合ったけど…』 『…けど?』 『…戻ってきちゃった』 『な、何で!?何で戻ってきたりしたのよ!?』 私は、体が濡れるのも構わず、後ろ足を少し引きずりながら水たまりを駆けて彼に言い寄った。 彼は、少しだけ間をおいて穏やかな口調で話し始めた。 『一度、セクターの出口にはたどりついたんだ。そして、その上で次のセクターに行くかどうか、考えたんだ』 『何で…』 『僕一人で次のセクターに行くことと、君のいるセクターに残ることと、どっちが僕にとって幸せかって』 『そんなこと…!』 『答えは、後者に決まってる』 彼の赤い瞳は一点の曇りもなく、私に向けられていた。 …少しだけニドランになったことに感謝した。 だってきっと、人間の姿なら、顔が赤くなっていることがすぐにばれてしまっただろうから。 そんな私を尻目に、彼は言葉をつづけた。 『…答えは、決まっていたのに、僕は一度君から離れて、考える時間を求めてしまった。…悩んでしまった』 『…それは、私が…!』 『でも、答えが決まっているなら、悩むべきじゃなかった。…いや、素直になれてなかっただけなんだ』 『素直に…』 『でも、今なら、迷いも悩みもなく言える』 彼はそう言って一度深く呼吸をし、改めて私の眼を見据えながら言葉をつづけた。 『僕は君といっしょにいたいから、こうして旅を続けてきた。…そして、これからも一緒に、ずっと一緒にいたい』 『っ…!』 『僕の、素直な気持ちだ。君と離れて、そして再び出会って、どんな場所でも、どんな姿でも、想いは変わらないと気づいたから』 『…バカみたい』 『そう…だね。こんな馬鹿正直に言うなんて…』 『違う。私のほうが、バカみたいだって』 『え?』 『あんたの気持ち、何も理解してなかった。…ずっと、独りよがりに考えていた…』 『僕だって、そうだ。君の気持ちを知りながら、こうして戻ってきて、こんな姿になっちゃったんだからね』 『…ごめん』 『ふふ、謝る所じゃないでしょ。そこは』 『え?』 首をかしげる私を見て、彼は一歩前に出て私の入っている水たまりに同じように入ってきた。 そして微笑みながら問いかける。 『戻ってきた人に…いや、今はポケモンか…まぁ、いいや。こういう時、帰ってきた相手に言う言葉があるでしょ?』 『え…』 『だって、君は僕が行くときに”行ってらっしゃい”って言ってたでしょ?だから…』 そうか。言うべき言葉は一つだ。 これから、私たちはここで暮らしていく。 私たち2匹にとって、ここが帰るべき場所なんだ。 だから、交わす言葉は決まっていた。 『お帰り』 『ただいま』 彼は微笑みを浮かべながら、そっと自分の額の角と、私の額の角をこつんと合わせた。 それだけで、まるで抱きしめられているような温かさを感じた。 短くて小さな腕では、お互いを抱きしめることはできないけど。 でもそれ以上に私たちの心は満たされていた。 迷いも、悩みも、何もなかった。 聞こえるのは、優しく、穏やかで、だけど力強い二匹の鼓動だけだった。 第11セクタは3日前に閉塞された。 それ以降のセクタの閉塞はもうどうなったのかわからない。 それはもうどうでもいいことなんだ。 僕にとっても。 私にとっても。 第11セクタにある小さな森で暮らし始めた、二匹のニドランにとって、この場所以外に幸せなどないのだから。 『足の具合はどう?』 『だいぶ良くなったかな?ここの環境もいいしね』 『そっか。よかった』 『…ねぇ』 『ん?』 『あの時さ、どうして直ぐ、私が…あそこにいるニドランが私だってわかったの?』 『だって、別れる前にあそこにいたでしょ?』 『でも、私だって確証はないじゃん。移動してたかもしれないし』 『あったさ。だって、僕と同じニドランだったし』 『…全然理由になってない…っていうか、楽観的すぎるよ…』 『でも、自分がニドランになってしまった時、思ったんだよ』 『…何を?』 『君もポケモンになってしまっているのなら、きっとニドランになっていてくれるんだろうなって』 『いや、別にニドランになりたくてなったわけじゃ…』 『僕だって、そうさ。…だから、余計に信じたんだ。運命は、僕たちを結びつけているんだって』 『…バカみたい』 結局、単純なことだったんだ。 彼にとっての幸せは一人でセクターを脱出することじゃなかったんだ。 彼女にとっての幸せは一人でセクターに残ることじゃなかったんだ。 私にとっての幸せは。 僕にとっての幸せは。 二匹にとっての幸せは。 最初から隣にあったのだから。