拍手してくれた貴方のためのお礼その34(09/06/21) 「今まで書いた事の無いポケモンTFを書いてみるテスト」 逃げなきゃいけない。 逃げ切らなきゃいけない。 まだ私は捕まる訳にはいかない。 息を切らして、足もふらふらで、だけどそれでも走り続ける。 後ろから聞こえる無数の足音と獣の咆哮に怯えながら。 気配を探りながら、入り組んだ細い路地を駆けていく。 慎重に、大胆に進まなければいけない。 迷えばすぐに、その迷いを嗅ぎ付けられてしまう。 頭ではそれは理解できていた。はずだった。 だけど、知らない間に私は追い詰められていた。 右にも左にも前にも気配を感じ、逃げ道を迷ってしまった。 はっと気付いたときには四方を囲まれていた。 私はどちらにも進めずに、息を呑むしかなかった。 彼らは私を見上げながら隙を伺っている。 私に襲い掛かる隙を。 そのうちの一匹が私の首を狙うように、前足を伸ばして飛び掛ってきた。 私はそれを見極めて何とかかわす。 しかし、今のを合図にして彼らは次々と私の肌を狙って襲い掛かってくる。 慎重に見極めながら私は猛攻を潜り抜けていく。 だがあまりの猛攻に気をとられ、私はバランスを崩してこけてしまう。 …勝負あった。 私の目の前には彼らのうちの一体が進み出て、こけた私を見下ろしている。 その時、目の前の彼の首を見て私ははっとした。 輝く小さなネックレス。 「まさか、あんたは…!?」 愕然としながら小さく呟いた私を尻目に、彼はにやりと笑みを浮かべた。 そして彼は鋭い爪を供えたその前足をすっと振りかぶり、そのまま振り下ろす。 私が目を閉じるのが先か、あるいはほぼ同時に私は手にある感触を覚えた。 ぷにっ。 目を開き、その感触を感じた手を見る。 彼の柔らかな肉球が、私の手の甲に押し当てられていた。 そして彼がゆっくりと前足を離すのと同時に、声が聞こえてきた。 『はい。ゲームオーバー』 とがった鼻をひくつかせ、鋭い牙を光らせて、彼は確かに笑っていた。 その様子を見ていた彼の仲間は、やがておのおの別の場所に散っていく。 残ったのは私と、私に肉球を押し当てた彼だけだった。 彼は待っているのだ。 私の変化を。 「ぐっ…!」 不意に私の手に痛みが走った。 彼に肉球を押し当てられた方の手だ。 見れば痛みの理由はすぐに分かる。 私の手が変化しているんだ。 骨が、肉が、形を変え始めているんだ。 手が小さくなり、指も短くなっていく。 手の甲には黒い毛が覆い始め、手のひらは肉球が盛り上がっていく。 そう、まるで目の前の彼のように。 まるで、獣の前足のように変化していった。 もう一方の手も同じように変化し、腕には灰色の毛が覆われていく。 「が…グゥ…!」 変化は私の体の上に下に広がっていく。 灰色の獣毛が私の胸元から首筋を覆っていく。 私の首にかけられたネックレスは、ふさふさの胸毛に押し出されてしまう。 そして毛はついに顔にまで生えてくる。 その変化の勢いに押し出されるように、私の鼻先も前へと突き出していく。 鼻先は黒ずんで、口は大きく裂けて、口の中には牙が生え揃う。 耳は頭の上へと移動して、ピンととがる。 その顔はもう、完全に人のものではなくなっていた。 「グルルゥ…!」 声を出せなくなったのどを鳴らしながら、私は身をそらす。 上半身が変化と同時に、下半身もすっかり変わっていた。 足元は手と同じように、すっかり獣の後ろ足へと変化していた。 お尻からはふさふさの尻尾が伸びている。 身を延ばした瞬間に、私を覆っていた私の服がずり落ちて、私の姿があらわになる。 私は後ろ足に力をこめて、しぶしぶ四足でその場に立ち上がる。 その姿はもう完全に人間としての私の姿ではなかった。 灰色と黒の毛を持ち、赤い瞳を輝かせる犬…いや、犬に似たポケモンの姿。 私を襲ってきた彼らと同じ姿。 私はポチエナになっていた。 目の前のポチエナに触れられたことで、私はポチエナに変えられてしまったのだ。 『さ、落ち着いたらさっさと協力してもらうよ』 『…あんたに襲われるとは思わなかった』 私は目の前のポチエナにすっと近寄って胸を押し当てた。 お互いの胸に輝くおそろいのネックレスを重ね合わせるために。 『他の誰かに捕まるよりも、俺に捕まったほうがいいんじゃない?』 『その気持ちもあるけど、やっぱり腑に落ちない』 『何がだよ』 『だって、脱げた服も、体も汚れちゃうし』 『洗えば済むことだろ』 『それにポチエナの姿だったら、他のみんなとの見分けつかないんじゃない?』 『そのためのネックレス、だろ?』 彼は一歩下がって胸を軽くゆすった。 ネックレスがきらりと輝く。 『それに…』 『それに、何よ?』 『俺はポチエナ姿でもお前のこと、見分けられるし』 『嘘』 『だって、一番かわいいポチエナ見つけるだけじゃん』 ポチエナ姿なんてそんなに違いないじゃん、って突っ込みたかった。 でも、彼の言葉がうれしくて、そのまま受け止めることにした。 そしてもう一度、そっと2匹の胸を、ネックレスを押し合わせた。 やさしい鼓動が、彼の体温が、ネックレスと通じて伝わってくるみたいでくすぐったかった。 『こらそこ!サボってないで!』 『”ポチおに”中だからって、ポチエナ姿でいちゃつくなって!』 不意に遠くから、別のポチエナのほえる声が聞こえてきた。 私達2匹は声のした方を振り向いて、鼻を引く付かせた。 どうやらまだ、”ポチおに”に捕まっていない人がいるみたいだ。 『まぁ、折角ポチエナになったんだし、体動かすかな』 『当たり前だろ。それが”ポチおに”の醍醐味なんだし』 私たちは体を離し、お互いにぐっとストレッチするように体を伸ばした。 『じゃあ、どっちがたくさん捕まえられるか、競争しない?』 『お前、そういうの好きだよな』 『だって、そっちの方が楽しそうじゃない』 『じゃ、負けたら罰ゲームな』 『罰ゲーム?』 『ゲーム終わった後も、しばらくポチエナの姿で相手に従うこと。どうだ?』 『…いやらしいこと、考えてないでしょうね?』 『馬鹿か』 『馬鹿はどっちよ』 『で、乗るの?乗らないの?』 私は首をくいっとかしげて、後ろ足で首筋をかきながら考える、ふりをする。 そして後ろ足を地面につけるのと同時に、ばっと地面を蹴って走り出す。 『もちろん、乗るに決まってるでしょ!』 『あっ、きたねぇ!』 そうして2匹のポチエナは走り出した。 街中に響くポチエナと子供の楽しそうな悲鳴と咆哮をすり抜けて。