拍手してくれた貴方のためのお礼その33(09/05/24) 「セクシーフォックスアンドロボ-超一部だけ執筆3-」 かつてネタとして発表した、 セクシーフォックスアンドロボを、 超一部だけ書いてみましたよって話その3。 前回の直後です。 「何だよこれ…何が、どうなってるんだよ…!?」 私の目の前で、皐先生は驚いた様子で私のことを見下ろしている。私は小さな体を震わせながら、怯えた目で彼を見上げる。どうしていいのか分からず、私は弱弱しい声を上げた。 「キャゥゥ…」 「人間が…玉田が、狐に…!?」 服に埋もれた、小さく弱弱しい狐を見て、彼は口をパクパクさせていた。彼は何かを考えて、何かを言おうとしている様だったが、すでに私にはどうでもいいことになっていた。自分の本当の姿…狐の姿を見られてしまったという事実に、私はただ怯えるばかりだった。 自分が人間ではないことを、ほかの人間に知られてしまった。しかも、よりにもよって自分のクラスの教育実習生に。私は頭の中で必死に色々なことを考えようとするけれど、思いつくのは最悪のことばかりだった。正体がばれた以上、友達にも会えなくなるかもしれない。学校にだって行けなくなる。それだけじゃない。私が狐だってわかれば、自然と母さんが狐であることもばれてしまい、家族にも迷惑がかかるかもしれない。そうなれば…。 そうなれば、今までどおりの生活が、出来なくなってしまう…!? その現実が、私の胸に重くのしかかってくる。狐の小さな体と心では受け止められない。言い訳したくたって、今の狐の姿では言葉を話すことも出来ない。こんな精神状態じゃ、落ち着いて術を使うことも出来ない。私に打つ手は無かった。皐先生のアクションを待つしか出来なかった。 「人間が、動物になるわけない…こんなの、あってたまるか…!」 でも肝心の皐先生は、私が狐になってしまったという事実に驚き、ぶつぶつと言葉をつぶやくばかりだった。無理も無いかもしれない。目の前で人間が人間で無くなる様を見てしまえば、普通の人なら失神ものだ。…現に、私にいちゃもんをつけてきた男たちのうち、一人は腰を抜かして、気を失う寸前だった。 「嘘だ…夢だ…幻だ…玉田は人間だ。玉田は玉田さんじゃなく、狐でもない…そうだ、気のせいだ…!」 皐先生は相変わらず独り言を続けている。…けど、何だろう。皐先生から、なんだか妙な力強さを感じる。狐になって、感覚が鋭くなっている私には、些細な周りの雰囲気も感じ取ることが出来た。耳を、鼻を無意識のうちにぴくぴくとうごかし、丸い瞳で皐先生を見上げた。…先生の様子が、何かおかしい。いや、ぶつぶつと独り言をつぶやいている姿は確かにおかしいけど、そういうのじゃない。どっかで感じたことのある奇妙な感覚。 …そう、この感覚は…私が…狐に"戻る"時の感覚だ! 私がはっと気づいて、先生に向かって甲高い声で一つ吼えた。 「キャン!」 「ぅわっ!?」 私が突然吼えたことに、皐先生は驚いて後ろに仰け反ってしまった。でも、そのことできっと先生も気づいたはずだ。自分の体の異変に。 「何、何が…!?」 何故、皐先生が自分の体を支えられなかったのか。勿論、先生は咄嗟に自分の腕で体を支えようとした。だけど、彼の手は地面を空振りしてしまった。理由は簡単だ。 「…手が、短く…!?」 先生は自分の手を見つめながら、自らの身に起きている出来事を自分に言い聞かせるかのように、小さくつぶやいた。先生にはそれがどういうことなのか、すぐに理解できたはずだ。ついさっき、目の前で見た光景だったから。 「嘘、だ…僕も、動物に…!?」 先生が事態を飲み込んだ時には既に先生の指はずっと短くなって、手のひらには肉球が盛り上がっていた。柔らかく、たくましい白い毛が彼の手を覆い始めていた。ただでさえ混乱していた先生はもはや、声も出せずにただ自らの変身に身を任せるだけだった。 仰向けになったまま、痙攣したかのように体をびくびく震わせる先生の姿は、見る見る間に変わっていく。…自分以外の人間が変身するところを始めてみたから、変な感じだった。周りが私の変身を見ると、こんな感じなのか、こんな気分なのかと理解できた。胸を締め付けるような、異質の緊張感。本当なら叫びを上げてしまいたくなるところだ。…まぁ、今の私には、甲高い狐の声を出すしか出来ないけど。 やがて先生の着ていた服もズボンもゆるくなり、震える先生の体がその内側に見え始めたが、既にその体もすっかり毛が覆っており、腰の部分からは長い毛が姿を見せていた。多分、尻尾だ。ふさふさで、純白の。脚もすっかり形状が変わっているようだが、まだズボンに隠れていて見えない。でも、その脚の曲がり方、長さから既にそれが人間のものではないことは容易に理解できた。 「ガ、ガゥ…!」 先生は苦しそうに声を上げるが、それももう人間のものとは思えないうめきだった。先生は、仰向けになっているその体勢が苦しいのか、もだえながらも体を反転させて、腹ばいになる。…苦しいはずだ。首周りが若干太くなっている。首が締め付けられているんだ。 そう、既に先生の変化は首から上にも及び始めていた。彼の端正な顔立ちが徐々にその面影を失っていく。鼻の先がかすかに濡れ、黒く色づくと前へとせり出していく。それは私と同じような、イヌ科のマズルへと変化した。その顔はやはり、体のほかの部分と同じように白い毛で覆われていた。耳も頭の上のほうへととがっていき、彼の顔もとうとう、人間のものではなくなってしまった。 「グ、ガァァッ!」 先生は自由の利かない不慣れな手…ではなくなった前足…を何とか使い、自分の首筋を締め付けるシャツを強引に引きちぎった。それによって彼は苦しさから解放されたのか、べたんとその場にへばりついて、とがった鼻先で荒い鼻息を上げた。口元から長い舌が姿を見せ、耳と尻尾も情けなく垂れ下がっている。 …きっと、苦しさから開放された安堵で、先生はまだ気づいていないだろう。自らの変化が、終わっていること。自分が…自分でなくなったことに。 「ぅ、うわぁぁぁっ!」 突然、耳をつんざく男の声が聞こえてきた。はっとして声のした方を見ると、私に絡んできた不良たちが逃げ出していた。…私たちの変化を見て怖くなったのか、どうなのかは知れないが。 私はふぅ、と一つ息をつき、また先生の方を…いや、先生だったその獣の方を見た。先生が着ていた服にくるまれて、その獣はぐったりとした様子で身を伏せていた。私は声をかけようとして、一瞬声を止めた。 狐の言葉が、狐以外の獣に通じるのだろうか。 そこにいる獣は狐じゃない。だが、同じイヌ科だ。コミュニケーションが取れるかもしれないし、そもそも試さなきゃ分からない。私は恐る恐る狐の声で鳴いてみた。 「…キャウゥ?」 自分では「大丈夫ですか?」としゃべったつもりだった。でも、やっぱり出てくる声は狐の鳴き声。先生に通じただろうか。 そう考えていたとき、頭の中に突然何かが響いた。 『その声、玉田…なのか?』 そしてその声が響いたのと同時に、目の前の獣も、口を開いた。 「グゥ、グウォウ?」 そしてその直後、獣ははっとした表情を浮かべ、自分の体を確認し始めた。白い毛で覆われているはずのその顔が、青ざめてさえ見えるほど、人間くさいうろたえ方をしている。前足で自分のマズルと、とがった耳を触り、胸元の柔らかな毛を触り、恐る恐る…どこかあきらめたような様子で2本の前足を地面につけて、後足に力をこめて立ち上がる。 「ガ、ウォゥ…!?」 その獣の口から声が漏れるのと同時に、また頭の中に声が聞こえた。 『お、狼…!?』 それが、目の前の獣が、自分を確かめて理解した、自分の姿だった。白くたくましい毛で覆われた、大柄の狼。それが今の彼の…皐先生の姿だった。 先生は何か糸が切れたかのように、そのまま腰を落として、犬が「おすわり」をするときのような格好でその場に座り込んでしまった。どうしていいのか考えが追いつかないんだろう。私も、そうだったように。 『皐…先生』 『…玉田、なんだな?』 『…はい』 私たちは、お互いに短い鳴き声を掛け合った。お互いが声を上げるたびに、それがすぐさま頭の中で日本語に変換されて聞こえてくる。バイリンガルは、こんな感じなんだろうかなどと、余計なことを考えつつ。 『…どういう、ことだ…?』 『え…?』 『どういうことなんだよ!何で僕が、何で、おおか、狼に変身してるんだよ!?何でお前が、狐になってるんだよ!?何が、起きてるんだよ!』 先生は私に噛み付くんじゃないかという勢いで激しく私を吠え立てた。さすが狼、一回り小さい体の狐から見ると、その威圧感は半端じゃなかった。 『私だって、分かりませんよ!先生が、狼だったなんて…!』 『僕は狼じゃない!人間…人間のはずだろ!?お前だって!』 『…私は、人間じゃないです』 『っ…何を言って…!』 『私、狐なんです。…比喩でなく』 『狐が人間と暮らしてるってのか!?そんなのばれたら記事にでもなっちまうだろう!』 『その程度、記事にならない事件です。木や、鳩や、馬ならどうか分かりませんが』 『お前、それっ…木や、鳩や、馬でも記事にはならないんだろう、あれは』 『えぇ。…どうです?少し、落ち着きましたか?』 『お前はやけに落ち着いているな』 狼は、少し驚きと戸惑いが混じった表情で私に尋ねてきた。…確かに、先生が変身した直後から、妙に気持ちが落ち着いている。おそらく、先生が狼に変身したことで私は直感的に感じたんだ。 利用できると。 『先生に、私の狐の姿を見られて、人生が終わったと思ったんです』 『狐なのに、”人”生なのか?』 『人としての生活が終わったと、言う意味では間違いじゃないです。…私が人間ではなく、狐であるとばれたら、一生狐として生きていかなきゃいけなくなるかもしれないですから。…でも、先生も人間じゃないと分かって、ほっとしたんです』 『…僕は人間じゃないのか?』 『断言は出来ないですけど、おそらくはその狼の姿が、本当の姿ではないかと』 『たとえば、のろいだとか、魔法だとか』 『かけられた記憶は?』 『…ない、けど…!』 狼はなにかを言いかけたが、それをのどの奥に押し返した。 『…私も、最近自分が人間じゃなく、狐であることを親に告げられたんです。…だから、先生の今の感情って、なんとなく分かるんです』 『そう…か』 私の話をしっかりと聞き入れようとしているのか、目を閉じて小さくうなづいた。そう簡単に受け入れられる事実ではないだろうけど、否定することも出来ない以上、納得して認めるしかなかった。 『…先生』 『何だい?』 『どうしたらいいか、考えませんか?』 『どうしたらいいか?』 『私が人間じゃないこと、家族以外で知っているのは先生だけです。…その様子だと、先生が狼であることを知ってるのも、私だけのはず』 『協力して、正体を隠すってことか?』 『お互いが言わなければ、分からないでしょう?』 『何だってかまわないさ。それで、教育実習が続けられるなら』 …私の心配や、自分が狼になってしまったことよりも、教育実習の心配をしているのか。 『…だったら、もう少し話を聞かせて欲しいな。何で僕が人間じゃないのか…なんで狐のお前が人間として生きているのか』 『分かりました。でも、それなら場所をちょっと変えましょう。人目のつかないところの方がいいでしょうから』 狼は静かにうなずくと、体を震わせて身にまとわりついていた服やズボンを振り落とした。そして静かに鼻をひくつかせる。 『…狼の体、順応早いですね』 『え?』 『私は、初めて変身したとき、一晩中震えるだけで精一杯でしたから』 『だってしょうがないだろ?慣れなきゃ』 狼はなぜか少し怒った様な口調で、二、三歩進む。ほめたつもりだったんだけど。 『ほら、さっさと移動しよう』 『はい』 そうして私も狼の後を追って歩き出した。 そして私たちはまだ知らない。これが「セクシーフォックスアンドロボ」の始まりであることを。