拍手してくれた貴方のためのお礼その31(08/08/30) 「セクシーフォックスアンドロボ-超一部だけ執筆-」 かつてネタとして発表した、 セクシーフォックスアンドロボを、 超一部だけ書いてみましたよって話。 「・・・何それ?」 私はきょとんとした表情で母さんのことを見返した。きっと、随分と間抜けな顔をしていると思う。 だけど、一方の母さんは凄い真面目な表情で、もう一度言い放った。 「だから、あなたは狐なの」 ・・・娘の誕生日に、一体この人は何を言っているんだろうか。 「どういう意味よ。私は人間でしょ?」 「人間だけど、狐なのよ。あなたは」 「私が狐なら、母さんは何なのよ?」 「母さんも、実は狐なのよ」 私の頭の中に、はてなばかりが浮かんでくる。記念すべき、私の13歳の誕生日だというのに、喜べない状況だ。悪ふざけだと思いたいけど、母さんの表情が真剣だから困ってしまう。 言葉を失った私は、チラッと父さんの方を見た。父さんなら、何か言ってくれる。そう期待したからだった。 思ったとおり、父さんはしずかに口を開いて、私に語りかけてきた。 「母さんの言う通りだ。お前は、狐の血を引いているんだ」 違う意味で、血の気が引いていた。くらっとめまいがして、気が遠くなりそうな感じだったが、辛うじて踏みとどまり、父さんに詰め寄った。 「私と母さんが狐ってどういうことよ!だったら、父さんは何なの!」 「父さんは、人間さ」 「人間と狐の間に、子供なんか出来るわけ無いでしょ!」 「それが、出来てしまうから、生命の神秘って言うのは不思議で偉大なんだよ」 「ふざけないで!」 父さんのセリフを掻き消すように、私は大きな声で叫んだ。父さんのセリフだけじゃなくて、何もかもを、消し去ってしまいたかった。あまりに冗談が過ぎる。そんなおとぎ話みたいなこと、13にもなって信じられるはずが無い。 「信じられないみたいね」 母さんが、寂しそうな表情で私を見つめていた。私は振り返って、やや口を尖らせながら言い返す。 「信じろって言う方が、難しいわよ!そんな話」 「そうでもないわ。今の話が、本当の話だって、あなたに分からせることぐらい、私には造作の無いことなのよ」 そう言い放った母さんの雰囲気が、急にがらっと変わった。妙な威圧感を放っている。私を叱る時とか、イライラしている時に母さんは、凄い威圧感を感じさせるけど、今母さんから放たれているのはその比じゃない。まるで人間のものではないような、そんなすさまじさを感じさせる。 母さんはすっと私に詰め寄ると、右手を私の額に当てて、小さく呟いた。 「だって私の力が無ければ、貴方はまだ・・・人間の姿さえ保てないんだから」 「・・・え?」 それってどういう意味・・・!? 私が聞き返そうと瞬間、私の額に当てた母さんの手が急に暖かくなり、その上かすかに一瞬光ったのだ。 「な、何?」 「術を解いたのよ。あなたにかけていた」 「術・・・何よ術って!」 私は、自分の左手で母さんの手を払い除けた。・・・でも、その時母さんの手に触れた間隔がおかしかった。私と母さんの手の間に、毛皮があるような感じがした。でも、勿論母さんの手に毛皮なんて無い。・・・だけど。 「自分の手を、よく見てみなさい」 私が気付くよりも先に、母さんがそう促してきた。私は自然とそれに従うように、自分の手を見た。 それと同時に、私は大きな声で悲鳴を上げたかった。しかし、あまりの驚きに声さえ出ることもなく、大きく口を開けるだけだった。 私の手には、赤茶色の獣の毛が生え始めていたのだから。 それだけじゃない。私が見ている前で、私の手が、私の手ではなくなっていく。すらっと伸びた指が、まるで氷が解けていくかのように短く小さくなっていく。更に手の平には、柔らかな肉球がぷくっと出来上がり、瞬く間にそれは手ではなくなってしまった。 「何なのこれ!?母さん!」 私は自分の手を・・・いや、手だったそれを、母さんに突き出した。 「あなたの本当の手・・・本当の前足よ」 「嘘・・・前足なんかじゃない!私は人間だから、手じゃなきゃおかしいでしょ!」 「だから、あなたは狐なのよ」 母さんは、これが狐の前足だと言いたいらしい。 信じたくない。認めたくない。だけど、目の前に有る私の手は・・・やっぱり手ではなく、狐の前足だった。 愕然とする私に、追い討ちをかけるように母さんが語りかけてくる。 「それと、気付いてないみたいだから言っておくけど」 「何よ!」 「あなたの変化、随分進んでいるわよ」 「えっ・・・!?」 そう言われて私ははっと気付く。私がはいていたズボンがずり落ちそうになっていることを。 どうやら、私の身体は気付かぬ間に小さく、細くなっているらしかった。私は慌ててズボンを押さえようとしたけれど、こんな獣の前足じゃ上手く抑えることも出来ず、しかも慌てたせいか、私はバランスを崩して倒れこんでしまう。はずみでズボンは完全に脱げ落ち、私の下半身があらわになってしまう。 私は、瞬間的に焦り、慌て、恥ずかしくなったが、すぐにそんな感情は驚きと悲しみに変化した。だって、姿を現した私の下半身も、すっかり獣の毛で覆われた、後足と、フサフサの尻尾だったのだから。 たまらず私は、改めて母さんに助けを乞う。 「やめてよこんなこと!狐になんかなりたくない!」 「狐になるんじゃないわ。狐に、戻るのよ」 「ちギャウ・・・!私ハ、にんグッ・・・こ、声・・・ギャウ・・・うま・・・キュ・・・話セ・・・ニャ、キャウ、キュゥゥッ!!?」 驚きと、哀しみの入り混じった獣の鳴き声が、私の喉から虚しく響き渡った。母さんに助けを求めている間に、私の変化は完了に近づいていたのだ。 私の鼻先は黒く色づいて、前へと突き出し、その周りからは細いひげが伸びていく。口の中には鋭い牙が生えて、耳はピンと上に立ち、三角形の形に変化していた。 私は、ただ助けて欲しい一心で母さんに手を伸ばすが、私の身体は母さんの身体の半分ほどにまで小さくなってしまっていた。自分が思ったよりも母さんからの距離は遠く、私は伸ばした両手をそのまま地面について、4本の足で、まるで獣のようにその場に立った。そしてその状態が、今の私にとって驚くほどにしっくり来た。 「さすが私の娘だわ」 「本当に、君の若い頃にそっくりだよ」 目の前で私の両親が、人間の言葉で会話をしている。私はそこに割って入ろうとしたが。 「キャン!・・・キャウ?・・・クゥゥ・・・」 口をつくのは、甲高い獣の鳴き声ばかり。困り果てた私に向かって、母さんは話し掛けて来た。 「ほら、これがあなたの本当の姿よ」 母さんは、そう言って何処から取り出したのか、鏡を私の目の前に置いた。 ・・・見たくなかった。でも、視線を鏡から反らせなかった。だって、鏡の中の狐が、あまりにも哀しげな表情で私のことを見ているんだから。 だって、その狐が、私なんだから・・・。 「今まであなたは、母さんの術で、人間の姿を保っていただけなのよ」 母さんは、呆気に取られる狐に向かって、色々とはなし始めた。 「だけど、あなたももう13歳。そろそろ自分の力で変化を覚えて暮らせるようにならなきゃいけない歳なの。だから、本当のことを話したのよ」 本当のこと。私が、狐だと言うことか。 何だか私は、急に力が抜けて4本の足をだらりとさせてその場にへたり込んでしまった。自分の13年が否定されたような気分だった。 「とりあえず、今日一日はその姿で過ごしなさい。徐々に慣れてくれば、明日にでも自力で人の姿に変化できるようになるでしょうから」 母さんは笑顔でそう教えてくれたけど、今の私にはどうする気力も無く、鏡に映る変わり果てた自分の姿を受け入れるだけで精一杯だった。 玉田 都子、13歳。夏。 初めて、本当の自分に向き合った瞬間。(比喩でなく)